好きなブログを見つけた。
日々の消化しきれかなったことを書いてるブログで、
ただの日記といえばそうなんだけど、なんかぐっときた。
ときどき、ぼかしたり遠回りしたりしながら、
自分がごまかしたり、なにかの「ふり」をしていることについて書くことがあって、
そのなかで引き出してくる子供のころの回想が、
うまくいえないけど、しっくり来る感じなのだ。
たぶん僕は深夜ラジオでも個人配信でも、そういうのがすきなのだとおもう。
いまここにいる自分に違和感を感じて、自分の根っこをぐるぐるまわっている人が。
好きが止まらないブログ
2011年12月2日金曜日
しんだ
ガラスに張り付いている女の人が好きだ、ぼくは。
イメージビデオにガラスを舐めるシーンがあるとたまらなくうれしい。
あのシーンはもしかすると、
ディスプレイ越しにキスする妄想を促す意図があるのかもしれないけれど
ぼくはそんなこと思わない。
ぼくはガラスになりたい。
小学校のとき見たあの写真。
金髪の外人がすりガラスに張り付いた写真
ぺっとり張りついて浮き出た身体をみて
ぼくはガラスになりたいとおもった。
だからあのころ、ぼくの将来の夢はガラスで、
妥協案は「女の子にぺっとり張り付いてもらえる人」だった。
子供というのは、将来の夢をたくさん書かされるし、たくさん聞かれるけど、
そういうときぼくは、素直に答える友達や、ひねた答えをひねりだすひねくれた友達の横で、
後ろめたい気持ちを感じながら、弁護士とか、ウルトラマンとか、適当な答えをしていたのだぼくは。
アウトプットというのは大事なことで、
言葉にされることのなかったぼくの夢は、
あいまいになり、洗練されず軽くなっていき、
ぼんやり広がっていつのまにか吹き飛んで消えた。
「夢というのは後ろめたいものだ」
という認識だけがぼくの身体にしみついて
やがて、
なりたいもの、なりたかったもの、したいこと、したかったこと
これらを問われると口ごもってしまうようになった。
食べたいものもろくに言えなくなって、部屋に閉じこもっていた冬、
つけたテレビで11時間立川談志特集がやっていた。
観客のいないスタジオで、ぺちゃくちゃ喋っているジジイが
よせる波が、なみじゃなくて上だ(波と並をかけている)とかなんとかいっていて
くそつまらなかったのだが、なんでかチャンネルはそのままだった。
つもった借金を悟った男は、妻に心中を持ち出すのだが
あっさり承諾されてしまい、
「やっぱり、オレ死にたくネェよ」
と言い出す。
あれがハイパーかっこよくて、
業の肯定とか言ってみたり、
人生成り行きとか言ってみたりしたけど、
ホントにわかってたかどうか。
ラジオ聞いたりニコ生してみたりしてね。
談志の落語をみて芸の道をあきらめたという伊集院に
「いい言い訳ができたじゃねえか」
といったように、
ぼくも現状肯定してくれる言葉に飛びついていただけかもしれない。
偉い落語家さんの言うことだし。
世間とズレててかっこいいし。
あれは一種の反抗期だったのかなと
iwatamさんの理想と正義を読んで思ったりしている。
今でも意識の高い学生とかむかつくし。
・・・・・・なにこれw
一回は生で落語聴いてみたかったな。
なにかが降りてきたという噂の2007年の芝浜が入ったDVD、買おうかな。
イメージビデオにガラスを舐めるシーンがあるとたまらなくうれしい。
あのシーンはもしかすると、
ディスプレイ越しにキスする妄想を促す意図があるのかもしれないけれど
ぼくはそんなこと思わない。
ぼくはガラスになりたい。
小学校のとき見たあの写真。
金髪の外人がすりガラスに張り付いた写真
ぺっとり張りついて浮き出た身体をみて
ぼくはガラスになりたいとおもった。
だからあのころ、ぼくの将来の夢はガラスで、
妥協案は「女の子にぺっとり張り付いてもらえる人」だった。
子供というのは、将来の夢をたくさん書かされるし、たくさん聞かれるけど、
そういうときぼくは、素直に答える友達や、ひねた答えをひねりだすひねくれた友達の横で、
後ろめたい気持ちを感じながら、弁護士とか、ウルトラマンとか、適当な答えをしていたのだぼくは。
アウトプットというのは大事なことで、
言葉にされることのなかったぼくの夢は、
あいまいになり、洗練されず軽くなっていき、
ぼんやり広がっていつのまにか吹き飛んで消えた。
「夢というのは後ろめたいものだ」
という認識だけがぼくの身体にしみついて
やがて、
なりたいもの、なりたかったもの、したいこと、したかったこと
これらを問われると口ごもってしまうようになった。
食べたいものもろくに言えなくなって、部屋に閉じこもっていた冬、
つけたテレビで11時間立川談志特集がやっていた。
観客のいないスタジオで、ぺちゃくちゃ喋っているジジイが
よせる波が、なみじゃなくて上だ(波と並をかけている)とかなんとかいっていて
くそつまらなかったのだが、なんでかチャンネルはそのままだった。
つもった借金を悟った男は、妻に心中を持ち出すのだが
あっさり承諾されてしまい、
「やっぱり、オレ死にたくネェよ」
と言い出す。
あれがハイパーかっこよくて、
業の肯定とか言ってみたり、
人生成り行きとか言ってみたりしたけど、
ホントにわかってたかどうか。
ラジオ聞いたりニコ生してみたりしてね。
談志の落語をみて芸の道をあきらめたという伊集院に
「いい言い訳ができたじゃねえか」
といったように、
ぼくも現状肯定してくれる言葉に飛びついていただけかもしれない。
偉い落語家さんの言うことだし。
世間とズレててかっこいいし。
あれは一種の反抗期だったのかなと
iwatamさんの理想と正義を読んで思ったりしている。
今でも意識の高い学生とかむかつくし。
・・・・・・なにこれw
一回は生で落語聴いてみたかったな。
なにかが降りてきたという噂の2007年の芝浜が入ったDVD、買おうかな。
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